公安警察
公安警察(こうあんけいさつ)とは、「公共の安全と秩序」を維持することを目的とする警察である[1]。
日本の公安警察
日本における公安警察とは警察庁と各都道府県警察の公安部門を指す俗称であり、正式には警備警察の一部門である[2]。
主に国家体制を脅かす事案に対応する。日本共産党、オウム真理教、グリーンピース、シーシェパード、極左暴力集団、右翼団体、外国情報機関、国際テロリズムなどを対象に捜査・情報収集を行い、法令違反があれば事件化して逮捕することもある。さらには一般政党、中央省庁、自衛隊、大手メディアなども情報収集の対象としている[3]。
警察庁警備局を頂点として、警視庁公安部・各道府県警察本部警備部・所轄警察署警備課で組織される[4]。公安警察に関する予算は国庫支弁となっているので、都道府県警察の公安部門は警察庁の直接指揮下にある[5]。
東京都を管轄する警視庁では警備部と別に公安部として特に独立しており、所属警察官約1100名を擁し、都内の所轄警察署警備課と合わせて2000人以上となり、日本の公安警察の中では最大の組織である[6]。
全国の公安警察官の三分の一以上は、全て警察庁警備局警備企画課 情報第二担当理事官(「校長」または「裏理事官」と称される)が統括するゼロと呼ばれる、獲得作業を取り仕切る極秘の中央指揮命令センターの指揮下に置かれる。ゼロの直轄部隊は警視庁公安部に数十名前後、各道府県警察本部警備部に十名前後が存在するとされ、直轄部隊が所属している係は作業班などと呼ばれる。直轄部隊は指揮系統が独立しており、警視総監や道府県警察本部長でさえ直轄部隊の任務やオペレーションを知らされていないとされる[7]。
警察庁警備局国際テロリズム対策課は、警視庁公安部外事第四課及び各道府県警察本部警備部外事課国際テロリズム対策室を統括し、国外での国際テロリズム捜査に従事している。対象は主にアルカーイダ、ヒズボラなどのイスラーム過激派・イスラム革命防衛隊などイラン情報機関・日本赤軍、よど号グループなど国外逃亡中の極左暴力集団とされる。国際テロリズム対策課員は警察庁職員と警視庁及び各道府県警察本部から出向中のノンキャリア警察官で構成されている。国内での国際テロリズム捜査は、警視庁公安部外事第四課及び各道府県警察本部警備部の外事課国際テロリズム対策室が行っており、公開情報の収集・在日外国人への視察などを行っているとされる。アメリカ情報機関から国際テロリズム対策課への要請を元に捜査を行う事もある[8]。
戦前に発生した五・一五事件や二・二六事件で、警察官が合計6名殉職した過去があるため、警察は自衛隊によるクーデターを警戒しており、公安部公安総務課のマル自が、自衛隊内部の「右翼的な思想を持つ隊員」を視察下に置いているとされる[9]。そのため、終戦記念日の8月15日に靖国神社に訪れる自衛官は、マル自によって顔写真を撮られている[10]。また、自衛隊内部の防衛機密が、自衛隊関係者や各国大使館の駐在武官などが頻繁に出入りする軍事情報誌などを刊行する出版社を経由して流出することが多いため、こうした出版社に出入りする人物も視察下に置いている[11]。
日本の情報機関としては内閣官房内閣情報調査室、警察庁警備局、外務省国際情報統括官組織、防衛省情報本部、法務省公安調査庁などが挙げられる[12]。公安警察は防諜を任務とし、警察庁警備局が全国の公安警察を指揮下に置いている。特に警視庁公安部外事一課は主にロシアスパイの諜報活動を摘発する防諜部門であり、秘匿追尾による証拠収集技術は世界各国の捜査・情報機関の中でも最高水準である[13]。国際テロ捜査のために国外に警察官を派遣することもあるほか、在外公館警備対策官として在外公館に警察官を出向させている。内閣情報調査室には警察官僚やノンキャリア警察官が数多く出向し、最高位の内閣情報官は警察官僚の指定席である[14]。また、外務省国際情報統括官組織、防衛省情報本部、公安調査庁にも警察官僚が出向している。なお、法務省の外局である公安調査庁とは、源流は同く旧内務省だが、別の組織である。公安調査庁は、公安警察に付与されている逮捕権や強制捜査権限を有しておらず、あくまで情報収集による調査にとどまるのに対し、公安警察はそれに加えて、事後的な犯罪捜査も任務とする点で異なる[15]。公安調査庁次長と公安警察を統括する警察庁警備局長は、ともに国内の情報機関が集う合同情報会議の構成員である。
沿革
連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)が1945年10月4日に出した「人権指令」(SCAPIN-93、政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件(覚書))によって、特別高等警察が廃止されることになったが、次田大三郎などの内務官僚は、一応は特高警察を廃止するが、反政府的な動静への「査察・内偵」を早急に建て直すためにも、特高警察に代わるべき組織は早急に作り上げるべきと考えており、その「代わるべき組織」として、1945年12月19日、内務省警保局に「公安課」を、警視庁及び各道府県警察部に「警備課」を設置した[17]。その後、1946年の2月から3月にかけて警視庁及び各道府県警察部の警備課は公安課に改称され、各警察署にも公安係が設置されていった[18]。1946年8月、内務省警保局公安課は、公安第一課と公安第二課に分離し、公安第一課が「公安警察」の主力となった[19]。その後の内務省の解体・廃止と旧警察法の制定後も、国家地方警察本部警備部警備課は五係から一八係に拡充される。1950年前後には公職追放[注 1]されていた旧特高警察官の多くが公安警察に復帰し、特高警察での経験・ノウハウを活かしている[20]。1954年の新警察法により、警察庁と都道府県警察による中央集権的な警察機構が整備されたが、それは公安警察の拡充・効率化をテコに進められた[20]。
捜査手法
公安警察は、対象組織内に情報提供者を作る「獲得作業」と呼ばれる捜査手法を用いる。情報提供者であることが発覚すれば、その人物は命の危険すらあるため、作業は警察庁警備局警備企画課の指揮下で極めて慎重に行われる。こうして警察庁警備局の指導を受けながら「登録玉」(トウロクダマ)として運用される[21]。
公安警察が得意とする手法は、徹底した行動確認である。捜査対象を24時間体制で視察下において、行動や人脈を丸裸にして行く作業である。この行確は張り込みと尾行によって行われる[22]。「視察」とは要警戒対象と睨んだ団体や人物を監視下におき、追及などを駆使して関係者の素性を洗い出す作業のことである[23]。「追及」とは尾行、張り込み、盗聴、盗撮、窃盗、居宅侵入などの非合法捜査によって、非公然アジトを摘発することである[24][25]。
こうした追及作業は、人権侵害として訴えられる場合も多く、日本共産党幹部宅盗聴事件のように違法とされることもある[26]。1999年(平成11年)に通信傍受法が制定されるまではこの捜査方法の法的位置づけが曖昧だった。なお、公安警察内では、盗撮・盗聴はそれぞれ「秘撮」・「秘聴」と呼ばれる[27][28]。
要警戒対象への視察行確(行動確認)は24時間体制で行われ、「追尾」「秘撮」「秘聴」「面割り(「マル対」の顔や素性を割り出すこと)」「視察拠点設置」と呼ばれる独特の手法を用いて、対象となる個人や組織への「基礎調査(=キチョウ)」を徹底して行う[29]。基礎調査とは住所氏名、勤務先、交友関係、趣味嗜好、生い立ち、立ち回り先、銀行口座など、個人情報を収集することである[30]。
公安警察は捜査対象となっている団体の所属者を微罪逮捕したり、刑事・交通の管轄の事案に託けて、対象団体への捜索などを行うことがある。例えば、極左暴力集団の非公然活動家を捕捉した場合にしばしば適用される手法が転び公妨である。また、運転免許証の住所と実際の住所が異なるなどの被疑事実で免状不実記載罪もしばしば適用されることがある[31]。逮捕された者には不起訴になる事案も少なくないが、公安警察の目的は別件逮捕を足がかりとした事情聴取や押収資料からの情報収集・内情分析である[32]。
基本的に捜査費用は非公開とされているため、予算の配分が妥当なのかどうか、判断することが難しい状態になっている[要出典]。2010年には警視庁公安部公安第二課の巡査部長による経費詐取が発覚している[要出典]。
外事警察
外国諜報機関の諜報活動・国際テロリズム・戦略物資の不正輸出・外国人の不法滞在などを捜査するのが公安警察の外事課(外事警察)である[33]。国外において日本の警察に法的な捜査権はないが、国際テロリズム捜査のためには国外での捜査も行う。同時に西側情報機関と協力を行っている[34]。
公安警察官
警視庁公安部、各道府県警察警備部公安課、各所轄警察署警備課公安係に所属する警察官は、公安警察官と呼ばれる[35]。
自ら検挙することが少ない公安警察官にとって勤務成績は日々の報告書で評価され、良質な報告書については警察庁長官や内閣官房長官まで届けられる[35]。公安警察官はたとえ他部門の警察官が同事案を扱っていたとしても、情報交換をせず、警察内部でも秘密主義的であるとされる。過去に警視庁では連続企業爆破事件、警察庁長官狙撃事件など大規模事案において、一つの特別捜査本部に公安部と刑事部双方が投入されたこともあるが、双方に情報が分散してしまい、十分な捜査情報が共有されなかった[36]。例えば、警察庁長官狙撃事件の際は、事件現場にいたとされるオウム真理教信者の警視庁警察官を、南千住警察署特別捜査本部に投入されていた公安部公安第一課が長期間の軟禁状態にし、事情聴取までしていたにもかかわらず、同じ特別捜査本部に投入されていた刑事部にその情報を一切共有しなかったことで捜査に支障が生じたこともあった[要出典]。
各国の公安警察
- イスラエル
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- イスラエル公安庁
- 情報機関としてのイスラエル諜報特務庁(モサッド)とは別である。
- イスラエル公安庁
脚注
注釈
出典
- ^ 小学館『デジタル大辞泉』. “公安警察”. コトバンク. 2024年5月18日閲覧。
- ^ 大島真生 2011, p. 3.
- ^ 大島真生 2011.
- ^ 大島真生 2011, p. 3-4.
- ^ 驚愕の深層レポート 新たなる公安組織< Ⅰ・S >の全貌 前編 現代ビジネス 2010年08月06日
- ^ 大島真生, p. 19.
- ^ 麻生(2001):150ページ
- ^ 黒井(2007):201〜205ページ
- ^ 大島真生, p. 44.
- ^ 警察 「前科」がある自衛隊部隊のクーデターを現在も警戒中 NEWSポストセブン 2015年03月25日
- ^ 別冊宝島編集部 編 『新装版 公安アンダーワールド』 宝島社 p.120~121
- ^ 黒井 2007, pp. 156–157.
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- ^ 北の工作員が日本人拉致を続々実行する契機となった「ある事件」 私が出会った北朝鮮工作員たち 第8回 公安捜査官が明かす「対北スパイ工作」の手法 現代ビジネス 2017年11月26日
- ^ オウム事件で喫した痛恨のミス…いま明かす公安「尾行のイロハ」ある公安警察官の遺言 第7回 公安捜査官が明かした「尾行のイロハ」 現代ビジネス 2017年9月3日
- ^ 警視庁公安部「極秘資料大量流出」裏でほくそ笑むのは誰だ テロ緊急展開班メンバーの写真入り名簿も、外事三課長の(秘)文書も白日の下に 現代ビジネス 2010年11月11日
- ^ 「公安が強盗に入る」と批難された非合法捜査のやり口 現代ビジネス 2017年8月20日
- ^ 「街宣車をぶっこわせ」昭和の怪人と取っ組み合った公安捜査官 現代ビジネス 2017年8月27日
- ^ 「やばい、ドアを抑えろ!」活動家宅に侵入した暴走公安捜査官 現代ビジネス 2017年8月20日
- ^ 大島真生 2011, p. 26.
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- ^ 黒井 2007, p. 104-105.
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- ^ 大島真生, p. 21-22.
参考文献
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- 青木理『日本の公安警察』講談社。ISBN 4061494880。
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- 竹内明『時効捜査 警察庁長官狙撃事件の深層』講談社。ISBN 4062161702。
- 谷川葉『警察が狙撃された日』三一書房。ISBN 4380982149。
- 小山善一郎『日本警察官僚総合名鑑』新時代社。ISBN 4787491059。
- 島袋修『公安警察スパイ養成所』宝島社SUGOI文庫。ISBN 4796672540。
- 海渡雄一『反原発へのいやがらせ全記録』明石書店。ISBN 4750339490。
- 竹内明『秘匿捜査 警視庁公安部スパイハンターの344日』講談社、2009年1月30日。ISBN 9784062151894。
- 大島真生『公安は誰をマークしているか』新潮新書、2011年8月20日。ISBN 978-4-10-610433-6。
- 麻生幾『ZERO〈上〉』幻冬舎。ISBN 4344001060。
- 青木理『驚愕の深層レポート 新たなる公安組織< I・S >の全貌』(前編、後編)、現代ビジネス、2010年
- 黒井文太郎『日本の情報機関』講談社〈講談社+α新書〉、2007年9月20日。ISBN 978-4-06-272455-5。
- 今井良『内閣情報調査室』幻冬舎〈幻冬舎新書〉、2019年6月26日。ISBN 9784344985551。