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海北 若冲(かいほう じゃくちゅう/かいほくじゃくちゅう、延宝3年(1675年) - 宝暦元年12月17日(1752年2月1日))は、江戸時代中期の国学者。名は千之。通称は垂水屋善右衛門。号は岑柏(しんぱく)。摂津国武庫郡今津村(現・兵庫県西宮市)出身[1]。本姓は野田、母方の海北家を継いだ。兄は国学者の野田忠粛。
真言宗の僧で国学者の契沖に師事して『万葉集』の講義を受けた。その後「万葉集師説」「万葉集類林」などを整理編修した。
歌集に「岑柏集」がある。
- ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus