死因究明
日本における死因究明(しいんきゅうめい、英: Inquiry of causes of death)制度の変遷や課題などについて述べる。
概要[編集]
日本における死因究明制度は、明治維新から現在まで、犯罪捜査を目的とする刑事訴訟法(現第168条第1項)に基づいた司法解剖を中心として来たが、第二次世界大戦後のGHQによる占領統治下にて、新たに監察医制度が導入され、犯罪性の有無に関わらず、死因が明らかでない場合に監察医が検案や行政解剖を実施することとなった(死体解剖保存法第8条)[1]。
しかしながら、監察医制度は、現在においても東京23区、横浜市、名古屋市、大阪市、神戸市の5都市に限定されている[1]。監察医制度が施行されていない地域では、死体検案医として臨床医学を専門とする警察協力医が検案を行っている[2]。しかしながら、検案医が充足している地区はほとんどなく、検案医不在の地区や80歳以上の検案医1名のみといった地区も複数ある。警察署には検案を行うため霊安室が設置されているが、照明も不十分なことが多く、換気や空調も良好ではないため、事前の情報と死体の外表所見、外表から可能な検査のみで死因を推定しているのが現状である[3]。
警察庁は「5年程度で法医解剖率を20%に引き上げ、将来的には50%を目指すことが望ましい」としていたが、現在も法医解剖率は約11%にとどまっており、逆に死因究明に関する予算は減らされ、解剖数自体も減少傾向にある。また、薬物による中毒死が疑われる事案では、たいていの場合は簡易薬毒物検査しか実施しないため、青酸化合物やヒ素などは特殊な検査を実施しなければ検出できない。諸外国の場合、遺体から採取した血液や尿は冷凍庫で長期保管しているため、後になって連続殺人が疑われるような場合でも再検査が可能である。しかし、日本では遺体から採取した血液や尿を保管する場所も費用もなければ、法的根拠も存在しないのが現状である[4]。
21世紀に入り、2007年に発生した時津風部屋力士暴行死事件で、当初に病死と判断されたものが後に暴行・傷害による致死事件であったと発覚したことなどを契機に、犯罪による死亡の見逃し事例の可能性が広く指摘されるようになり、2009年に政権を獲得した民主党もマニフェストで新たな死因究明制度の創設を掲げたこと等を受け、民主党・国民新党の連立政権下の2012年、死因究明等の推進に関する法律(2014年までの時限立法)、及び警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律が成立した[1]。
後者により、翌2013年から、犯罪による死亡であるか否かに関わらず、死因の解明が必要と警察が判断した場合、解剖が行われるようになった[1]。
なお、2012年の松原仁(野田内閣)から2019年の武田良太(安倍内閣)に至るまで、歴代の国家公安委員会委員長を兼務する内閣府特命担当大臣が、「死因究明等の推進に関する事務」担当の辞令も同時に交付され、内閣府に死因究明等施策推進室も設置されている。
時限立法だった死因究明等の推進に関する法律の失効(2014年)を受け、新たな理念法の制定を求める声が日本医師会や日本法医学会など各界から高まったこと、2018年に放送されたテレビドラマ『アンナチュラル』が架空の死因究明機関「不自然死究明研究所(Unnatural Death Investigation Laboratory)」を舞台にして人気を博し、改めて日本における死因究明制度の不十分さが広く認識されるようになったことなどから、失効から5年後、安倍政権下の2019年6月6日、新たに死因究明等推進基本法が成立し、翌2020年4月1日から施行された[5]。
この新法により、厚生労働省に死因究明等推進本部が設置され[5]、死因究明等の推進に関する管轄が内閣府から厚生労働省に移管されることとなった[注釈 1]。
なお、2018年に全国の警察が取り扱った異状死体の数は、約17万体であり、2030年には、病床数の削減、在宅死の増加などにより、少なくとも約30万体となる可能性が指摘されている[1]。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ a b c d e 久保真一 (2020年3月25日). “新たに始まる死因究明制度:死因究明等推進基本法について”. 新潟市医師会. 2020年6月26日閲覧。
- ^ 死因究明等施策の推進について
- ^ アンナチュラルな世界のリアルな現実: 死体検案・解剖の世界( 1 ) 東京慈恵会医科大学法医学講座教授 岩 楯 公 晴
- ^ 柳原三佳 (2017年11月8日). “【青酸連続殺人】なぜ被害は拡大したのか?”. Yahoo!ニュース. 2020年6月26日閲覧。
- ^ a b 「死因究明等推進基本法が成立 来年4月1日に施行へ」『日医ニュース』日本医師会、2019年7月5日。2020年6月26日閲覧。